お客さまからいただく「おいしい!」の声。それが私たちの喜びです。 (株)久恵比寿は「久恵食堂」として1960(昭和35)年に産声をあげ、その後「久恵寿し」として多くのお客様に支えられてまいりました。創業者の口癖だった「うまいものをお腹いっぱい」という言葉に集約される職人の心意気と秘伝の味は、今日まで脈々と受け継がれています。 「旬楽」「クリッパー」「100円くりっぱー」どの店にいつお越しいただいても、お客さまの笑顔があふれる空間と、忘れられない大切な時間をお届けしたい。私たちは一貫一貫の寿司を、真心をこめて大切に握り続けます。

HISTORY OF HISAE
たくさんのおいしい笑顔に支えられ、
久恵が歩んだ半世紀。

夜食配達も手がける
町の食堂として

1960(昭和35)年、白老町にて「久恵食堂」創業。当時は定食やラーメンを提供し、お向かいの大昭和製紙工場で働く多くの方々におなじみの店として親しまれました。
世は高度経済成長の真っただ中。工場は夜を徹してフル稼働し続け、夜間勤務に励む方々から「夜食を届けてほしい」との依頼が舞い込みます。創業者は店で作ったおにぎりや弁当をリヤカーに積み込み、毎日配達に奔走しました。

宴会ニーズにも応える寿司店へ

あるとき寿司職人を一人雇い入れたのがきっかけで、創業者も見よう見まねで寿司の技術を習得。定食やラーメンなどの定番メニューに加えて、寿司も提供するようになりました。やがて屋号も「久恵寿し」と改め、寿司をメインとした業態に移行していきます。
日本経済が右肩上がりの成長を続ける中、久恵寿しにも宴会のご要望が続々と舞い込み始めました。そこで大勢でお楽しみいただける揚げ物や鍋物のご提供を開始。久恵寿しは大いに賑わい、苫小牧市に2つの支店を出すまでに成長しました。

「安くてうまい回転寿司」
として急速に成長

時代は昭和から平成へ。空前のバブル景気に陰りが見え始め、安価で楽しめる回転寿司ブームが到来します。久恵寿しも宴会をメインとした寿司屋から回転寿司へと業態を変更。安くておいしい寿司はまたたく間に評判となります。時代のニーズに応え、久恵寿しは3店舗すべてを回転寿司に変え、白老町と苫小牧市に揺るぎない地盤を築いていきました。
当時の回転寿司の中には“安かろう悪かろう”の店も少なくなく、お客さまの認識もそれに近いものがあったことは否めません。しかし久恵寿しはその常識を覆すべく、「安くてうまい」にこだわり続けました。その甲斐あって多くのお客さまのご支持をいただき、着実に成長を続けた結果、7店舗を展開するまでに至りました。

福祉施設やホテルで
出張握りサービス開始

回転寿司として多くのお客さまに足を運んでいただいて20年あまり。次に久恵寿しが目を向けたのは、さまざまな事情で外食が困難な方々でした。お店に来られない方々がいらっしゃるのなら、私たちの方からお客さまのもとに出向けばよい。そんな発想から高齢者施設で無料の出張握りサービスを始めました。 ひとりでも多くのお客さまに寿司を楽しんでいただき、地域に貢献できればという思いから始めた出張握りサービスでしたが、やがて「料金を支払うので来てほしい」というご要望を多数いただくようになりました。そこで本格的に営業をスタート。現在は福祉施設やホテルなどで出張握りサービスを展開しており、年間延べ3万人ほどの方にさまざまな場所で私たちの寿司を召し上がっていただいています。

HISAE GROUP CONCEPT
時代を超えて受け継がれる、
手間を惜しまぬ職人の心意気。
すべては、お客さまに喜んでいただくために。

良質な脂が乗ったノルウェー産のさばを使用。当社独自の締め方により、〆さば特有の臭みや酸味を抑え、しっとりとした続きを見る 脂のりが感じられるように仕上げております。安定した味と品質を守るため、数あるネタの中でも〆さばだけはセントラルキッチン(魚介加工部門)で調理して各店舗へ配送。どの店でも変わらないおいしさをお楽しみいただけます。閉じる

寿司を握る以上に手間と時間がかかるだし巻玉子は、寿司職人の腕の見せどころ。当社のだし巻玉子は風味豊続きを見る かな出汁の旨みを効かせつつ、甘みも感じられる上品な味付けにこだわり、焼きたてをお召し上がりいただくよう努めています。YouTube『寿司TV』にて、だし巻玉子作りの職人技をご覧いただける動画は2,000万回超の再生数を記録。世界中から賞賛の声をいただいています。閉じる